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東京地方裁判所 平成2年(ワ)8304号 判決 1992年12月17日

主文

一  反訴被告らは、反訴原告に対し、各自金一七九万八九八七円及びこれに対する平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を反訴被告らの負担とし、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決は、反訴原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  反訴被告らは、反訴原告に対し、各自金一二八七万〇四二九円及びこれに対する平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

昭和六三年六月一〇日午後三時三〇分ころ、東京都世田谷区松原三丁目四一番地先路上(通称甲州街道上)において、停車していたタクシー(普通乗用自動車、足立五五く九二六、以下「加害車両」という。)が後部左側ドアを開けた際、後方から進行してきた反訴原告運転の原動機付自転車(世田谷区て四六〇、以下「被害車両」という。)の右ハンドル部分が加害車両の後部左側ドアに衝突し、被害車両とともに転倒した反訴原告が後記3の傷害を負つた。

2  責任原因

反訴被告らは、次の理由に基づき、それぞれ、反訴原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

(一) 反訴被告染野金三(以下「反訴被告染野」という。)

反訴被告染野は、本件事故当時加害車両を運転していた者であり、タクシー運転手として、乗客を降ろすため後部左側のドアを開ける際には、車両を道路脇に寄せ後方の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠つて第二車線(歩道寄りから車線を順次第一車線、第二車線という。以下、後記第三車線及び第四車線を含めて同じ。)上で漫然と右ドアを開けた過失により本件事故を発生させた(民法七〇九条)。

(二) 反訴被告新田交通株式会社(以下「反訴被告会社」という。)

反訴被告会社は、本件事故当時、加害車両を所有して自己のために運行の用に供しており(自動車損害賠償保障法((以下「自賠法」という。))三条本文)、また、右(一)のとおり、本件事故は反訴被告会社の被用者である反訴被告染野が反訴被告会社の事業の執行につき発生させた(民法七一五条)。

3  反訴原告の受傷及び通院経過

反訴原告は、本件事故により、左肩及び両膝打撲、左肘及び右小指擦過傷、頸椎捻挫等の傷害を受け、次のとおり病院等へ通院してその治療等を受けた。

(一) 昭和大学附属秋田外科病院(本件事故日である昭和六三年六月一〇日から同年七月一九日までのうち実日数一三日)

(二) 東京医科大学病院(昭和六三年七月一日から同年一〇月二五日までのうち実日数一五日)

(三) 桝田整骨院(昭和六三年八月五日から同月二二日までのうち実日数四日)

(四) 名倉堂整骨院(昭和六三年八月二四日から同年一〇月五日までのうち実日数一九日)

(五) 岡本外科(昭和六三年一〇月六日から平成元年三月二三日までのうち実日数四七日)

(六) 関東労災病院(平成元年三月一七日から平成二年一月二六日までのうち実日数九日及び同年八月一七日から平成四年八月二〇日までのうち実日数六日)

(七) 伊達外科(平成元年三月二五日から平成二年六月一三日までのうち実日数四七日)

(八) 千歳船橋治療院(平成元年三月二八日から同年六月七日までのうち実日数一四日)

(九) 小川接骨院(平成元年六月一二日から平成二年六月一二日までのうち実日数一八七日及び平成三年一月五日から同年八月二九日までのうち実日数五八日)

(一〇) 国立病院医療センター(平成二年一〇月二五日から平成四年九月二二日までのうち実日数五日)

(一一) 藤田整形外科(平成三年七月一九日)

(一二) 東京大学医学部附属病院(昭和六三年一一月二二日、平成元年一月二四日及び平成三年一月二二日から平成四年九月二二日までのうち実日数七日)

4  反訴原告の損害

(一) 治療費等 金六八万七一三五円

(二) 交通費 金一一万八〇二〇円

(三) 休業損害 金八六六万八五八四円

反訴原告は、家庭の主婦として家事労働に従事していたが、本件事故により、その全部又は一部が不能となつた(昭和六三年六月一〇日から同年一〇月三一日までの間は労働不能であり、昭和六三年一一月一日から平成二年一二月三一日までの間のうち、実通院日は労働不能で、その余の日は三〇パーセントの割合で労働可能であり、平成三年一月一日から平成四年六月三〇日までの間のうち、実通院日は労働不能で、その余の日は五〇パーセントの割合で労働可能であつた。)ので、賃金センサス昭和六三年第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の平均年収額である金二六九万三四〇〇円を基礎にしてその休業損害を算定すると、金八六六万八五八四円となる。

(四) 慰謝料 金四〇〇万円

(五) 物損(被害車両の修理費及びヘルメツト代)及び治療器具代(サポーター、健康器具、磁器枕、遠赤外線ヒーター及び電気マツサージ器) 金四〇万九八七〇円

(六) 弁護士費用 金九八万五六六五円

5  填補 金一二〇万円

6  よつて、反訴原告は、反訴被告らに対し、反訴被告染野については民法七〇九条に基づき、反訴被告会社については自賠法三条本文、民法七一五条に基づき、本件事故による損害賠償請求として、各自右4の損害合計額から右5の填補額を控除した金額のうち、金一二八七万〇四二九円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である平成二年七月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反訴被告らの主張

請求原因1ないし4は否認し、同5は認める。

加害車両の停車位置は第一車線上であり、しかも、被害車両は加害車両と衝突して転倒したのではなく、本件事故は単なる反訴原告の自損事故に過ぎない。また、衝突の事実があつたとしても、事故態様等からすれば反訴原告の受傷はごく軽度のものに過ぎず、早期に何らの後遺障害も残さず治癒すべきものであり、仮に反訴原告主張の症状がその後も生じたとしても、それは反訴原告の心因性の反応(心因的要因)や既往症である高血圧症(体質的要因)に基づくものであつて、本件事故と相当因果関係はない。

三  抗弁(過失相殺等)

本件事故の発生については、反訴原告にも前方注視義務違反の過失があり、その割合は二割を下るものではない。また、仮に反訴原告主張の症状が長期化し、それと本件事故との間に相当因果関係があるとしても、前記のとおり右症状の長期化は、反訴原告の心因的要因や体質的要因によるところが大きく、過失相殺の規定(民法七二二条二項)を類推適用すべきであり、少なくとも八割の減額がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  まず、請求原因1(本件事故の発生)について検討し、併せて同2(責任原因)について判断する。

1  成立に争いのない甲第七号証、乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、甲第三号証、本件事故現場付近の写真であることに争いのない乙第二号証の一ないし九、乙第五七ないし第六二号証、乙第六三号証の一及び二、乙第六六ないし第六八号証、加害車両の写真であることに争いのない甲第四号証の一ないし一二、被害車両の写真であることに争いのない乙第二号証の一〇ないし一四、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一八号証、乙第四号証の一並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、東京都世田谷区松原三丁目四一番地先の通称甲州街道下り線上であり、同所付近はアスフアルト舗装の直線道路で、本件事故当時は、白色及び黄色ペイントにより四車線が明瞭に区分され、その幅員は、歩道(幅員約五メートル)寄り第一車線が約四メートル、第二及び第三車線が各約三・二メートル、第四車線が約三・八メートルで、最高速度時速五〇キロメートル、終日駐車禁止の交通規制がなされており、第一車線上の歩道寄りには、数台の車両が駐停車中であつた。

(二)  反訴被告会社はタクシー会社であり、反訴被告染野はその従業員(運転手)であるが、昭和六三年六月一〇日、反訴被告染野は、反訴被告会社所有の加害車両を運転して業務に従事中、乗客の訴外大朏博善(以下「訴外大朏」という。)を後部座席に乗せ、その指示に従いながら新宿方面から甲州街道を走行してきて、同日午後三時三〇分ころ本件事故現場にさしかかり、右訴外大朏を降ろすため、第二車線から第一車線に車線変更をして、第一車線上の駐停車車両のない部分に加害車両を停車させた(停車時の加害車両左側端と第一車線左側端との間隔は約一・七メートルであつた。)。

(三)  反訴原告(昭和九年五月一七日生まれ、当時五四歳)は、本件事故当時、ヘルメツトを装着して被害車両に乗り、本件事故現場の第一車線の右側第二車線寄りを加害車両に後続する形で時速約二五キロメートルの速度で進行していた。

(四)  反訴被告染野は、加害車両を第一車線に停車後、乗客を降車させるため加害車両の後部左側ドアを約二〇センチメートル開けた(加害車両の後部左側ドアは、運転席でその開閉を操作することができ、二段階に開く構造となつており、右の開扉は第一段階時であつた。)が、その際、加害車両の左横を通過しようとしていた被害車両の右ハンドル付近が加害車両の後部左側ドアに接触し、反訴原告は、被害車両とともに加害車両の左斜め前方の路上に転倒した。

(五)  本件事故の際、衝突音があり、被害車両の右側先端レバー(ブレーキレバー)及びハンドルは擦過損傷していた。

2  反訴被告らは、加害車両と被害車両とが衝突した事実を争つているところ、なるほど、加害車両に損傷箇所があつた旨の証拠はない。しかしながら、前掲甲第七号証及び甲第一八号証の記載内容、特に、開扉時の衝突音及び反訴原告の転倒した位置等についての訴外大朏(同人は、本件事故発生時に加害車両の後部座席にいた者で、反訴原告及び反訴被告らと何ら利害関係を有していない第三者である。)の供述内容に照らせば、加害車両等に損傷や衝突痕等あることを示す証拠が見当らないことは前記認定を動かすに足りない。また、反訴原告は、本件事故発生時に加害車両は赤信号で停車した訴外車両に続いて第二車線上に停車していた旨その本人尋問において供述するが、本件事故現場付近には、タイヤのスリツプ痕、路面の擦過痕や被害車両の横転による擦過痕等の痕跡があつた旨の証拠はなく、右訴外大朏の供述内容(加害車両の停車位置)に照らせば、反訴原告の右供述中の右認定に反する部分は採用し難い。

3  そして、右認定の本件事故態様によれば、請求原因2(一)(反訴被告染野の責任原因)のうち、反訴被告染野が運転手として要求される後部左側ドア開扉時の後方安全確認義務を怠り、その結果本件事故が発生したこと及び請求原因2(二)(反訴被告会社の責任原因)が認められることは明らかであるから、反訴被告らは、反訴原告に対し、反訴被告染野は民法七〇九条に基づき、反訴被告会社は自賠法三条本文(人損部分)及び民法七一五条に基づき、各自、本件事故により反訴原告が被つた損害を賠償する責任があるものというべきである。

二  次に、請求原因3(反訴原告の受傷及び通院経過)について判断する。

1  成立に争いのない甲第一七号証の一ないし二九、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八、第九号証、弁論の全趣旨及び後掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故前の反訴原告の健康状態(原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証)

反訴原告は、前記のとおり昭和九年五月一七日生まれの女性で、家庭の主婦として家事労働に従事していた者であり、高血圧症の治療のため、遅くとも昭和六一年四月ころから東京医科大学病院へ通院し、その症状として、時おり、手指のしびれ感や頭痛を訴えることもあつたが、医師からは、血圧はコントロールされており良好との診断を受けており、本人の自覚症状としても、特段、後記の本件事故後の症状はなかつた。

(二)  本件事故後の反訴原告の通院治療の状況等

(1) 昭和大学附属秋田外科病院(原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証の一及び二、甲第一〇号証、反訴原告本人尋問の結果により成立の認められる乙第五号証の一及び二)

ア 通院日 昭和六三年六月一〇日から同年七月一九日までのうち実日数一三日(昭和六三年六月一〇日、同月一一日、同月一三日、同月一四日、同月一六日、同月一八日、同月二三日、同月二九日、同年七月四日、同月六日、同月一一日、同月一五日及び同月一九日)

イ 診断名 左肩・両膝打撲、左肘・右小指擦過傷

ウ 状況 本件事故後、反訴被告染野とともに徒歩で受診に行つたが、初診時の意識障害はなく、当初の診断は約一週間の加療が必要というものであり、受傷部位についてレントゲン検査及び包交等の外科処置を施行したほか、内服投薬治療を受けた。レントゲン上は骨傷なく、経過良好であり、六月一八日ころには擦過傷はほぼ治癒したが、同時期ころより頸部痛、上肢血管痛等の訴えがあり、外傷との関係がはつきりしないため、精査のため東京医科大学病院へ転院した。

(2) 東京医科大学病院(前掲甲第一一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の一及び二、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第六号証の一及び二)

ア 通院日 昭和六三年七月一日から同年一〇月二五日までのうち実日数一五日(昭和六三年七月一日、同月二二日、同月二九日、同年八月四日、同月一〇日、同月一二日、同月一五日、同月一七日、同月二三日、同月三一日、同年九月七日、同月二七日、同月二八日、同年一〇月一二日及び同月二五日)

イ 診断名 左肩・両膝打撲、右示指・小指挫傷、頸椎捻挫

ウ 状況 整形外科及び内科を受診した。右肩甲部痛、右示指・小指痛があり、また、外傷が起因して生じる頸部神経症状として、四肢の疼痛やしびれ感の訴えがあり、レントゲン検査等を施行したところ、頸椎に椎間板の狭少や骨棘のほか後縦靱帯骨化症が認められた(その影響の症状は軽度と思われる旨の診断がある。)が、本件事故との因果関係を是認する結果は得られず、症状は一進一退のまま、投薬、牽引等の保存的加療がなされていたが、本人の希望により転医した。

(3) 祖師谷桝田整骨院(弁論の全趣旨により成立の認められる乙第七号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる乙第二一号証)

昭和六三年八月五日から同月二二日までの間のうち実日数四日通院して治療を受けた。

(4) 名倉堂整骨院(弁論の全趣旨により成立の認められる乙第八号証の一及び二)

ア 通院日 昭和六三年八月二四日から同年一〇月五日までのうち実日数一九日(昭和六三年八月二四日、同月二九日、同年九月一日、同月二日、同月三日、同月八日、同月九日、同月一二日、同月一四日、同月一六日、同月一七日、同月一九日、同月二一日、同月二二日、同月二四日、同月二六日、同月二九日、同年一〇月一日及び同月五日)

イ 診断名 頸部捻挫、右第二指(手)関節捻挫、右第五指(手)関節捻挫

ウ 状況 頸部捻挫の症状として、疼痛、頸部捻転運動障害、右前腕部しびれ感が、右第二指関節及び右第五指関節捻挫の症状として、腫脹、疼痛、屈伸運動障害があり、電気療法、牽引、マツサージ等を受けた。

(5) 岡本外科(原本の存在及び成立に争いのない甲第一二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九号証の一ないし四)

ア 通院日 昭和六三年一〇月六日から平成元年三月二三日までのうち実日数四七日(昭和六三年一〇月六日、同月七日、同月八日、同月一一日、同月一三日、同月一四日、同月一七日、同月一九日、同月二〇日、同月二二日、同月二四日、同月二六日、同月二七日、同月二八日、同月二九日、同月三一日、同年一一月二日、同月五日、同月七日、同月一〇日、同月一二日、同月一四日、同月一七日、同月一九日、同月二一日、同月二八日、同月三〇日、同年一二月五日、同月九日、同月二六日、昭和六四年一月五日、平成元年一月九日、同月一三日、同月一八日、同月二五日、同月三一日、同年二月四日、同月九日、同月一六日、同月二二日、同年三月一日、同月六日、同月九日、同月一三日、同月一八日、同月二〇日及び同月二三日)

イ 診断名 頸椎捻挫、右上肢不全麻痺

ウ 状況 右手示指、小指のしびれ感及び疼痛を訴え、平成元年二月二二日には、四肢にチリチリした痛み及び静脈の拡張の訴えがあり、理学療法を施行した結果、症状は漸次軽快しつつある旨の診断が岡本孝之医師によりなされ、その後も理学療法が継続された。

(6) 東京大学医学部附属病院(原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一四号証の一及び二)

ア 通院日 昭和六三年一一月二二日及び平成元年一月二四日

イ 診断名 頸椎捻挫、四肢打撲

ウ 状況 整形外科を受診し、四肢痛、両手足つつぱり感がある旨の訴えがあり、他院で撮影したレントゲンフイルムにより後縦靱帯骨化症は認められるが、これによる症状ではないとの診断がなされた。運動機能検査(筋緊張、反射等)及び知覚検査に特に異常はなく、頸椎運動範囲は正常であつた。

(7) 関東労災病院(原本の存在及び成立に争いのない甲第一四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一三号証の一及び二)

ア 通院日 平成元年三月一七日から平成二年一月二六日までのうち実日数九日(平成元年三月一七日、同月二二日、同月二四日、同年四月七日、同年六月八日、同年七月六日、同年九月二九日、同年一〇月六日及び平成二年一月二六日)

イ 診断名 頸椎捻挫、四肢打撲、頭部外傷後遺症

ウ 状況 整形外科、内科及び脳神経外科を受診した。項部及び四肢の痛みが続いたが、平成元年四月七日には、各関節の動きは良好で、他覚的神経学的所見は異常なく、項部痛、四肢痛とも軽快してくるものと思われる旨の診断が平林茂医師によりなされている。脳神経外科でのレントゲン及びCT検査では、正常で萎縮はまつたくなかつた。

(8) 伊達外科(成立に争いのない甲第一五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一〇号証の一ないし三、乙第一五号証、乙第七五号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる乙第七六号証)

ア 通院日 平成元年三月二五日から平成二年六月一三日までのうち実日数四七日(平成元年三月二五日、同月二七日、同月三〇日、同年四月一一日、同月一四日、同月一七日、同月二二日、同月二七日、同年五月一日、同月六日、同月八日、同月九日、同月一一日、同月一二日、同月一三日、同月一五日、同月一七日、同月一八日、同月一九日、同月二二日、同月二四日、同月二五日、同月二七日、同月二九日、同月三一日、同年六月三日、同月五日、同月六日、同月一〇日、同月一九日、同月二四日、同年八月二日、同月九日、同年九月九日、同月一六日、同年一〇月二八日、同年一一月二五日、同年一二月一六日、同月二八日、平成二年一月二四日、同年二月三日、同月五日、同年四月二四日、同月二八日、同年五月一九日、同年六月六日及び同月一三日)

イ 診断名 全身多発性挫傷(頸椎捻挫及び腰椎捻挫)

ウ 状況 全身各所に疼痛、しびれ感が強く、容易には軽快しないものと思われる旨の診断が伊達洋一医師によりなされた。

(9) 千歳船橋治療院(原本の存在及び成立に争いのない甲第一六号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一二号証の一ないし四)

ア 通院日 平成元年三月二八日から同年六月七日までのうち実日数一四日(平成元年三月二八日、同月二九日、同月三一日、同年四月八日、同月一二日、同月一九日、同月二四日、同月二九日、同年五月五日、同月一〇日、同月一六日、同月二三日、同月三〇日、同年六月七日)

イ 診断名 全身多発性挫傷(頸椎及び腰椎捻挫)

ウ 状況 針治療を受けた。

(10) 小川接骨院(弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一一号証の一ないし四、乙第八五号証の一)

ア 通院日 平成元年六月一二日から平成二年六月一二日までのうち、実日数一八七日(毎日ないし五日おきに通院)

イ 診断名 頸部捻挫、腰部捻挫

ウ 状況 頸部捻挫の症状として、頸部より両手指に放散痛及びしびれが著明であり、腰部捻挫の症状として、重圧感及び両下肢放散痛が著明であつた。

(11) 右各通院の後も、関東労災病院(平成二年八月一七日から平成四年八月二〇日までのうち実日数六日)、国立病院医療センター(平成二年一〇月二五日から平成四年九月二二日までのうち実日数五日)、小川接骨院(平成三年一月五日から同年八月二九日までのうち実日数五八日)、東京大学医学部附属病院(平成三年一月二二日から平成四年九月二二日までのうち実日数七日)及び藤田整形外科(平成三年七月一九日)等に各通院して治療等を受け、平成三年に入つたころからは自覚症状は快方に向かつたものの、依然症状は継続した(弁論の全趣旨により成立の認められる乙第八五号証の二、同号証の三の一ないし六、乙第八六号証の二ないし六、乙第八七号証の一ないし六、乙第八八号証の一ないし三、乙第八九号証の一ないし四、乙第九〇号証の一ないし五、乙第九一号証、乙第九六ないし第九九号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる乙第七七号証及び乙第九四号証)。

2  右認定の事実及び前記認定の本件事故の態様を総合すれば、反訴原告は、本件事故により、左肩・両膝打撲、右示指・小指擦過傷、頸椎捻挫等の傷害を受け、事故後約四か月半の間は重複して複数の病院等へ通院してその治療等を受け、擦過傷等の外傷は早期に治癒し、また、頸椎捻挫の影響と思われる症状は継続したものの、通院先が岡本外科に限定され、その通院間隔が安定した平成元年初め(遅くとも同年一月末日)ころには症状が固定し、依然として疼痛等の自覚症状は続いたが、特段労働に影響を与えうるような後遺障害は残らなかつたものと認めるのが相当である。反訴原告及び反訴被告らの各主張のうち右認定に反する部分はいずれも採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお、反訴被告らの主張に沿う前掲甲第八号証の鈴木庸夫医師の意見書は、本件での妥当な診療期間は三ないし四か月で、長期化した傷病と本件事故とは直接の因果関係がないと考えるのが妥当であるとしているが、右意見書は交通事故証明書及び事故発生状況報告書をもとに本件事故が軽微な転倒事故に過ぎないとの判断に立脚して論じたものであり、前記認定の本件事故の態様とりわけ被害車両の転倒時の速度等から推認される衝撃の程度からすれば、本件事故は決して軽微な転倒事故ということはできず、右意見書のうち、前記認定に反する結論及び考察部分は採用することができない。)。

三  進んで請求原因4(反訴原告の損害)について判断する。

1  治療費等(請求原因4(一)) 金三一万六二三〇円

前記二の判示によれば、反訴原告の病院等に対する通院のうち、前記認定の症状固定時前のもの、すなわち、昭和大学附属秋田病院、東京医科大学病院、祖師谷桝田整骨院、名倉堂整骨院、東京大学医学部附属病院(但し昭和六三年一一月二二日及び平成元年一月二四日通院分)及び岡本外科(但し平成元年一月末までの通院分)への各通院による治療費及び施術費が本件事故と相当因果関係があるものというべきところ、前掲乙第五号証の二、乙第六号証の二、乙第七号証、乙第八号証の二、乙第九号証の二及び乙第一四号証の二によれば、その合計金額は金三一万六二三〇円と認められる。

なお、祖師谷桝田整骨院及び名倉堂整骨院への各通院については、その施術内容はマツサージ、牽引、針等であるが、前記認定の反訴原告の症状等からすれば、右施術の必要性及び相当性を是認できるから、その費用は本件事故による損害と認めるのが相当である。

2  交通費(同4(二)) 金一万六二四〇円

成立に争いのない乙第二七号証及び弁論の全趣旨によれば、右1の治療費等と同様に本件事故と相当因果関係が認められる通院交通費は、少なくとも合計金一万六二四〇円が認められる。

3  休業損害(請求原因4(三)) 金一二六万八八五〇円

前記認定のとおり、反訴原告は、本件事故当時家庭の主婦として家事労働に従事していた者であり、本件事故に遭遇して受傷し、また、その治療のために各医療機関への通院を余儀なくされ、その結果、前示の症状固定時までの間の家事労働に影響が生じたものということができるところ、当裁判所に顕著な賃金センサス昭和六三年第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の全年齢平均年収額である金二五三万七七〇〇円を基礎とし、前記認定の本件事故後の反訴原告の症状に鑑みて、特に症状が重かつた事故後四か月半の間は全額の休業損害を、その後症状固定時ころまでの三か月の間は平均して五割の休業損害を認めるのが相当であり、右期間の休業損害を算定すると次のとおり金一二六万八八五〇円となる。

2,537,700÷12×(4.5+3÷2)=1,268,850

4  慰謝料(請求原因4(四))について 金一五〇万円

本件事故によつて反訴原告が受けた傷害の内容及び程度、通院期間、本件事故態様等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、反訴原告が本件事故により被つた精神的・肉体的苦痛を慰謝するための金額は、金一五〇万円が相当である。

5  物損及び治療器具代 金五万三一一〇円

弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一六号証によれば、被害車両の修理費用として金五万三一一〇円を要し、右金額は本件事故による損害と認められるが、その余のヘルメツト代及び治療器具代(サポーター、健康器具、磁器枕、遠赤外線ヒーター、電気マツサージ器)については、いずれもその必要性及び相当性を肯定するに足りる的確な証拠はなく、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

6  したがつて、本件事故と相当因果関係ある損害合計額は、金三一五万四四三〇円となる。

四  抗弁(過失相殺等)について

前記認定の本件事故の態様に鑑みれば、本件事故の発生については、後方の安全を確認することなく加害車両の後部左側ドアを開けた反訴被告染野の過失が主因とはなつているものの、前方に停車していた加害車両(前示のとおりタクシーである。)の左横を何らの注意も払わず漫然と時速約二五キロメートルの速度で被害車両を運転して通過しようとした反訴原告の過失にも起因しているものといわなければならず、したがつて、その内容及び程度を勘案して一割の過失相殺を行うのが相当である。

なお、反訴被告らは、反訴原告の症状の長期化について、過失相殺の規定を類推適用すべきであると主張するが、右認定の平成元年初めころまでの反訴原告の症状に鑑みれば、その主張を採用することはできない。

そうすると、過失相殺後の損害額は、金二八三万八九八七円となる。

五  損害の填補(請求原因5)について

反訴原告が金一二〇万円の填補を受けたことについては当事者間に争いがなく、填補後の損害額は、金一六三万八九八七円となる。

六  弁護士費用(請求原因4(六))について

本件事案の性質、審理の経過、認容額等に照らせば、反訴原告が本件事故と相当因果関係ある損害として反訴被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用の額は、金一六万円とするのが相当である。

七  以上により、本件反訴請求は、反訴被告らに対し、各自金一七九万八九八七円及びこれに対する本件事故の後であり、本件反訴状の送達の日の翌日であることが明らかな平成二年七月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川英明 小泉博嗣 江原健志)

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